「お母さんはね、魔女なの」
母は、幼い私によくこう言っていた。
「私も魔女になりたい」と言うと、母は必ずこう返す。
「13歳になったらね」
だけど、13歳になっても母は魔法を教えてはくれなかった。
大人になってから気づいた。
「13歳」って魔女の宅急便から適当にひっぱってきただけじゃん。
まあたしかに魔女に近いものはある。
私の母は、若い時から占いやスピリチュアル、オカルトが大好きで、
「月刊ムー」を読んでいるような人だ。
霊感も少しあるらしい。
心霊番組を見ていると「ここに〇〇の霊がいると思う」とか言いだして、
そのあと出てきた霊能者が母とまったく同じことを言ったりする。
勘も鋭くて、彼氏とのデートはどんなに隠しても大抵ばれた。
いや、それは全国のお母さんが持っている能力なのかもしれない。
(ちなみに私に霊感はない。まったく見ないわけではないけど…)
派手な顔に黒いゆったりとした服。
胸には竜の手が水晶を握っているデザインのネックレスを下げていたりする。
ヘビが巻き付いている形の腕時計をなくしたときは、だいぶ落ち込んでいた。
占いも、タロット、西洋占星術、手相、いろいろ見ることができた。
何十年経っても知識がスラスラと出てくるので、相当勉強したに違いない。
何が言いたいかというと、つまり私にとって、占いやスピリチュアルは幼い頃から近くにあるものだった。
だからこそ私は、占いやスピリチュアルを警戒していた。
簡単だ。母が嫌いだから。
母についてはまた違う機会に書こうと思ってるけど、ひとことでいうと猛烈な毒親。
勘は鋭いが思い込みも激しく、キレると話は通じず、暴力がひどかった。
このまえ初めて「塔の上のラプンツェル」を観て思った。
魔女よりうちの母親の方がヤバい…。
母はいつも、目の前にいる私より、見えないものを信じていた。
私が何を言おうが、証拠を見せようが、いつも根拠のないものを理由にして怒り狂う。
いま思えば、単純に根っからのヤバい人なのだけど、私の中では
「目に見えないものを信じる」=「思い込みが激しくなって真実が見えない」
というイメージができあがってしまった。
「目に見えないものを信じる」ことのリスク。
これは結果的に占いに関わっているいまでも、いちばん警戒している。
この世の中は、けして目に見えるものがすべてではない。
赤ちゃんは、自分のおててを見つけることから始まって、
少しずつこの世界のルールを覚えていく。
私だってその延長だ。
どんなに賢くなったつもりでも、きっとほとんどわかっていない。
だけど、私の目にはさまざまなものがうつっている。
家族の笑顔とか、夫が作ってくれた美味しいごはんとか、散らかった部屋とか…。
「見えているもの」を無視して、「見えないもの」を信じてはいけない。
念のため、これは宗教の信仰とかそういうレベルの話をしているのではない。
「根拠のない妄想にとらわれて、現実をおろそかにしてはいけない」という話だ。
大預言者が「明日地球が滅亡します!」と言っても、
ごはんは食べるし、部屋は頑張って片づけるし、ワクチンは打つ。
いいか、ワクチンは打て。
母は小学生の私に
「お母さんは37歳で死ぬと思う。なんかそんな気がする」
とよく涙を浮かべて言っていた。私も泣いた。
見てみろ。今年還暦だぞ。
私は母のようになりたくない。
それでも私は、どうしても「占い」だとか「魔法」だとかに心惹かれてしまう。
魔女の宅急便もハリーポッターもネバーエンディングストーリーも大好きなのだ。
これに関してはもう“だって好きなんだもん”としか言えない。
きっと、そういう星のもとに生まれてしまったのだ。
実際、私は占星術で「神秘的なものに魅力を感じる」と、がっつり出ているらしい。
じゃあしょうがない。
もう忘れかけていたのに、最近になってよく母と交わした13歳の約束を思い出す。
たとえ母の気まぐれでも、あのときの私は、本当に13歳になるのが楽しみだったのだ。
もし、もしもだけど。
何かがどうにかなって母と仲良くすることができていたら。
13歳になった私は、約束どおり母からタロットや占星術の手引きをしてもらえたのだろうか。
…いや、たとえ魔法で時間を巻き戻そうが、母と仲良くなる自信は1ミクロンもない。
こればかりは強くてニューゲームでも無理だ。
それでも、家事育児に追われながらわずかな時間を占いに全振りしていると、
もっと早くからこの世界を知っていればなあ、と
ほんのちょっとだけ過去に想いを馳せたりするのだった。
じゅりえ
次回、「占いと私(3) ~友達は王の生まれ変わり!?マルチ商法の魔の手~」