22歳くらいだったと思う。
ある日、私は中学からの友達に「大事な話がある」と呼び出された。
会うこと自体はそんなに久しぶりではない。
近所のカフェでアイスティーを飲みながら、
あの元カレと復縁した?それともあの話か?などと内心そわそわしていると、
友達は信じられないことを口にした。
「私、〇〇王の生まれ変わりだったの」
アイスティーが気管に入りそうになる。
なんだって?とまじまじと友達を見るが、彼女の顔はいたって真剣だ。
〇〇王とは、歴史の教科書にも載っていたりする、古代の有名な王である。
一応、個人情報にあたるかもしれないので、具体的な名前は伏せておく。
前世って個人情報になるのか?
「〇〇王って、あの…」
呼吸をととのえ、なるべく平静を装う。
絶対に笑ってはいけない時間が始まっていた。
突拍子もない話ではあるが、本人が〇〇王の生まれ変わりだと言っているのだ。
他人である私が、どうしてそれを否定できようか。
笑うな。笑っては失礼だ。
ねえ、でもさ。
あまりに予想外すぎない?
これ読んでる人の中で、友達が王の生まれ変わりだよって人、いる?
昼間のカフェでカミングアウトされたことある??
「そう。夢の中で私の前世に関する本を読んだの。信じられないだろうけど…」
「ぶっ、あははははははは!!!」
しまった。笑ってしまった。
怒られるかと思ったが、意外なことに友達もつられて大笑いしていた。
彼女も緊張していたのかもしれない。
「あのね、その夢を見た日がね、宇宙にとって大事な日で…」
友達は笑いながら、まだ不可思議な話を続けている。
「じゃあ、これから王って呼んだほうが良い?
私みたいな庶民がなれなれしくしても大丈夫?」
「それは大丈夫。今までどおりでいいの」
なあんだ、じゃあ何も変わらないじゃないか。たいした話ではない。
中学時代。
まじめな彼女から授業中にこっそり渡された手紙を思い出していた。
手紙には、彼女にしてはちょっと雑な字で、こう書かれていた。
「そんなことで友達をやめるわけないじゃない!」
家族のことで思い悩んでいた私が、「友達やめられちゃうかも…」と
思い切って休み時間に打ち明けたことに対する返事だった。
私はそのメモをずっと保管していた。
彼女が王の生まれ変わりだろうが、宇宙の話をしていようが、
私にとっては大事な友達だ。
むしろ、こんなおもしろい話をしてくれる人は他に知らない。
彼女の優しいところも、正義感が強いところも、熱いところも。
何も変わっていない。
だから私も「そんなことで友達をやめるわけない」のだ。
そして、それはこれから切り出されるであろう話についても同じ。
ひととおり自分の前世について語り終えた彼女は、案の定いつもの話を始めた。
マルチ商法の勧誘である。
(彼らはマルチ商法ではないと言う)
私は彼女からの勧誘を何年も断り続けていた。
彼女に誘われて、セミナーに行ったことも何度かある。
あれはすごい。
会場についたら、謎のびよんびよんした音楽が流れている。
司会の女性が「これは覚醒する音楽です」という解説をしていた。
私は覚醒せず寝てしまったが、寝るのも効果が出ている証拠なのだとあとから聞いた。
ちなみに私は授業中に起きていたことのほうがめずらしい。
そんな私も、一度だけ講師の熱弁に聞き入って、泣きそうになったことがある。
「いかに西洋医学が悪か」という内容だ。
家に帰って冷静になってみると、彼らはめちゃくちゃなことを言っていたし、
ただその場の空気に飲まれていただけだった。
とにかく話がうまい。
私は大学で心理学を学んでいたが、教科書に載っているようなテクニックも使われている。
私が言うのもなんだけど、興味本位で行かないほうがいい。
ホワイトボードに書かれたお手本のようなネズミ算を思い出しながら、
最終的にはいつも「こわっ…」と震えるのだった。
友達が王の生まれ変わりだと知ったこの日も、私はきっぱり断った。
まだ20代前半。
いまは世の中を、なるべく偏りのない目で見て、自分で考えていきたいと、本心を伝えた。
いつもはすぐに話題を切り替える彼女だったが、この日はめずらしく食い下がった。
私は自分の考えを話し、彼女は自分の考えを話す。
二人とも、頑固さは筋金入りだ。
どこまでいっても平行線。
「どうしてわかってくれないの!」と彼女は初めて私に声を荒げた。
「私がやっているのは悪いことではない」と彼女は言った。
そうかもしれない。
彼女は別に、私をだまそうとしているわけではない。
世にはびこる”悪”から私のことを助けたいだけだ。
彼らの言うように法律もクリアしているなら、
彼女がしているのが悪いことかどうか、私にはよくわからない。
でも、私たちは、会うたびにこんな腹の探り合いをするようになってしまった。
私はただ、恋バナやちょっと不思議な話を彼女としていたいのに。
そんなこんなで、私の「スピリチュアル」への警戒心はさらに高まってしまった。
知ってる人も多いと思うが、彼ら(マルチ商法)の活動はスピリチュアルとは
切っても切れない関係にある。
「スピリチュアル界隈でマルチやってんのはごく一部だぞ!」
ってこともいまは知ってるけど、最初に出会ったのがそういう人たちだったので…。
(「悪いことかわからない」と書いたけど、関係者間では商品説明に書いてないような効果が伝えられたりする。病気が治るとか。それは違法。もしくは法をくぐり抜けるような方法が使われている。私はいま誘われても絶対に加担しない。)
それからもたまーに彼女との関係は続いていたが、
ある日、私は思い切って占い師に彼女のことを相談してみた。
結果は、「あなたに子供ができたらこの関係は終わる」と超ばっさり。
ああ、子供ができたら独身の彼女とは話が合わなくなって…みたいな感じ?
と漠然と思っていたけど、「その日」は突然訪れた。
長女を妊娠してすぐ、スマホが壊れたのだ。
完全なる砂嵐。
アドレス帳も全滅し、彼女どころかすべての友達と連絡が取れなくなったし、
あんなに育ててたパズドラのデータも引き継げなかった。うそだろ。
それから私は、新しいスマホアプリを始めたら必ずデータを引き継ぐ設定をしている。
(パズドラはもうやっていない…)
じゅりえ
次回、「占いと私(4) ~会社に行きたくない!占い師の職場見学~」